インタビュー ポーカー侍氏WSOPへの道を語る

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インタビュー ポーカー侍氏WSOPへの道を語る 0001

WSOPメインイベントは、世界のポーカープレイヤーにとって夢であった。

各オンラインポーカールームでは、プレイヤーの夢の実現をサポートする為、数々のイベントを企画している。昨年この夢を実現し日本人でただ一人入賞したポーカー侍氏に、その経験談を聞いてみた。WSOPメインイベントを目指す日本人プレイヤーの参考になると思う。

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まず、ポーカーをはじめたきっかけなどについてお話ください。

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ポーカー侍

) 私は子供の頃からゲームが好きで、囲碁・将棋・花札などゲームと名のつくものは何でも遊んでいました。小学生の低学年の時にはポーカーのルールも知っていました。今でいうドローポーカーですが、大学在学中に、当時出来始めたゲームセンターにセブンスタッドのテーブルが置いてあり、そこに日参した覚えがあります。もちろん、アミューズメントです。社会人なって、憧れていたラスベガスに行くようになったのは20年くらい前でしょうか。といっても、その頃はブラックジャックやパイガオポーカーなどのカジノゲームを楽しんでいました。WSOPメインイベントの種目のホールデムを覚えたのは、10年ほど前。あるパソ通のフォーラムに出入りするようになり、そこのオフ会でメンバーに教えてもらいました。そのフォーラムはネットのカジノゲームコミュニティーの草分け的な存在で、そのメンバーの中には、現在の日本のポーカー界をリードしている方が何人もいました。

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WSOPの事を知ったのはいつごろからですか。

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ポーカー侍

) 私は、カジノゲームが好きで一年に数回ラスベガスに行っていました。ポーカーは深夜の時間つぶし程度にしか遊んでいませんでした。そこにおいてあるフリーペーパーにWSOPの記事がのっていたのが、その存在を知った始めです。しかしながら、雲の上の話だと思い、まったく関心はありませんでした。

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それでは、いつ現実的な目標としてWSOPを意識し始めたのでしょうか。

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ポーカー侍

) WSOPを意識するようになったのは、2003年にParty Poker Million Ⅱに出場し、入賞してからですね。

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PPMはどのような経緯で出場されたのですか。

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ポーカー侍

) 2001年夏にゲーム仲間がTOCに出場するという事で、応援をかねてラスベガスに行った所、現地のビデオポーカーでジャックポットを引き当てたのです。そこで、まずは経験と思い、その賞金でTOCに出場する事にしたのです。そのトーナメントは初日で飛んでしまったのですが、プロをはじめとしてプレイしている人たちの真剣さを感じて自分は甘いなと感じ、本当にもっと上手くなりたいと思いました。なにしろ、ポーカーは仲間との交流とカジノでの時間つぶしとしか思っていなかったので。

その時、ポーカールームにおいてあったフリーペーパーに、みたことがある顔が乗っていました。TOCのホストであったマイク・セクストンさんです。彼が、ポーカートーナメントとクルーズを合体したParty Poker Millionを紹介していたのです。もともとクルーズにも行ってみたいと思っていた私は、完全に引き付けられました。ポーカー界で名前のある彼が紹介するなら間違いはないだろうと思いました。

早速、帰国後アカウントをつくり、プレイマネーで始めました。

しかし何かがちがうのです。プレイマネーでトーナメントをプレイすると、いわゆるじゃんけんの連続で、TOCで体験したプレイとはまったく違うのです。私は、将棋の大山名人の信奉者なのですが、名人が言った「どのようなゲームでも強くなろうと思ったら、100円でもいいから賭けてやりなさい。自分に痛みが無い環境で100番指しても、小額でもかけて指した1番にかなわない。」は正しいという事を実感しました。私がいくら真剣にプレイしても、相手が真剣にプレイしてくれなければ意味がありません。返って、プレイが荒れてしまう弊害がました。そこで、具体的にPPMに出場する事を目標に定めて、本気でオンライントーナメントを始めました。

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戦跡はいかがでした?

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ポーカー侍

) 自分が上手くなろうと必死でしたので、それなりの戦跡はあげました。入賞率は50%以上をキープしていました。しかしながら、最初のPPMの予選は通過出来ませんでした。それでもめげずに毎日Sit&Goを2-3ゲーム、毎週マルチトーナメントを1-2ゲーム参加をノルマに一年近く戦っていました。その際も、一度に複数のテーブルでプレイせず、本当にその場で戦っているように、一テーブルで戦っていました。スキルと経験値をあげる事だけが目的だったので、参加費は最低ランクのトーナメントばかりしていました。したがって、ライブゲームは殆んどしませんでした。今もそうですが。

そして、忘れもしませんが、2002年の7月に目標としていたPPMⅡの予選を通過したのです。本当に嬉しかったですね。

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PPMⅡの出場がきまってからのお話は次回にお願いします。

編集者 注 あなたもポーカー侍氏に続こう。チームポーカーニュースはあなたを待っています。

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