伝説のTV番組「ハイステークスポーカー」から10年

Sharelines

  • 伝説のポーカー番組「ハイステークスポーカー」が始まってから10年

撮影日最後のハンドとして配られたポケットKK、Sammy Farhaさんは躊躇なくBarry Greensteinさんにリレイズ $12,500。Greensteinさんは無表情で冷静にカウンターパンチとなる$50,000にさらにレイズ。火のついていないタバコを口に咥えながら、陽気なFarhaさんは「オールイン」と言う前にチップを前に押し出す。GreensteinさんはAAでスナップコール。コメンテーターのAJ Benzaさんは驚きながらすぐに「$361,800のポット。現金のポットです」とアナウンス。

幸運にもフロップにKが落ちて、リバーまで何もなくFarhaさんがポット獲得。

「ギャンブルしないと勝てないよ!若者諸君」と自己満足に浸りながらFarhaさんがテーブルで一言。

このハンドは疑いなくHigh Stakes Pokerの最初のシーズンで際立ったシーンだった。 GSN (Game Show Network)のボスのアイディアは、単純にカメラにカードを写したものだったが、これがスマッシュヒットとなった。オンライン&長年のプロポーカープレイヤーに加え、億万長者のリクリエーショナルプレイヤーなどが湯水の如く$100札を使いテーブルにポットを作った。High Stakes Pokerは、驚きと喜びに満ち溢れた視聴者を現金の飛び交うハイステークスのキャッシュゲームに釘付けにした。

2006年1月16日に始まったこのTV番組は、ポーカーファン、プロポーカープレイヤー及びリクリエーショナルプレイヤーなど多くの人にとって毎週欠かせないものとなった。

人生において色んなことを想像してきたが、この番組は100%うまく行くと思った。-- Mori Eskadani氏

High Stakes Pokerは、伝説のプレイヤーJohnny Chanさんとの会話からたまたま生まれたもの。TV番組製作会社Poker PROductionsの代表Mori Eskandani氏は、手札カメラの発明者Henry Orenstein氏とGSN役員とベラージオの中華レストランJasmineで夕食を共にしていました。

夕食途中でたまたまJohnny Chanさんが立ち寄り、キャッシュゲームのバットビートで$700,000負けたと語る。Johnny Chanさんのバットビートストーリーに注目したのが、GSN役員のKevin Belinkoff氏とIan Valentine氏。

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Henry Orenstein氏&Mori Eskandani氏

Mori Eskadani氏は、キャシュゲームが長寿番組になるかどうか考え込んでいた。百聞は一見に如かずで、とりあえずベラージオのBobby’s Room(プライベートで特別な空間で獣達の生息地)へと向かった。Belinkoff氏とValentine氏はBobby’s Roomをガラス越しに覗き込み、ワールドクラスのハイステークスポーカー「The Big Game」に心を奪われた。

Eskandani氏はこの時、「大きなポットがあっても普通にプレイして笑ったりしていた」。これは必ず「ショー」になるものがあると確信した。

Eskandani氏は1985年よりラスベガス在住で、キャッシュゲームの常連だった。だから、ディープスタックのキャッシュゲームは、普通のTV番組より高視聴率が取れることを理解していた。

「人生において色んなことを想像してきたが、この番組は100%うまく行くと思った」

ポーカートーナメント番組絶頂期に新たに似たような番組を作る気はない。戦略を語るシーンや紙吹雪などもいらない。永遠に続く、ゲームそのものがショー。

ゲームそのものにストーリーがあり、トーナメントではなく、イベント毎の勝者もいない。そこには、常に勝者と敗者がいる。

GSNは2004年にPoker Royaleという番組を放映していましたが、きらびやかなWorld Poker TourWorld Series of Pokerに独占されていました。Poker Royaleの視聴率もよくなく、GSNはポーカー番組の撤退も考慮していました。

当時副社長だったBelinkoff氏は、「私達のポーカー番組はあまり調子がよくなく、もしHigh Stakes Pokerが失敗なら、GSNはポーカー番組からの完全撤退予定でした」と明かしています。High Stakes Pokerは最後の賭けだった。「視聴者の意見に耳を傾けながら、何が違うことをして、番組が成長しゲームを超えた何かを伝えることができればと思っていました」

著名プロプレイヤー、Daniel Negreanuさん、Phil Hellmuthさん、Doyle Brunsonさん、そしてJohnny ChanさんなどがHigh Stakes Pokerに出演し、お金持ちのアマチュアプレイヤー数多く出演しました。婦人科医のDr Amir Nasseriさん、外食産業社長のFred Chamanaraさん、そして LA LakersのオーナーJerry Bussなども出演しました。

出演にあたり最も惹かれたのは、私はキャッシュゲームプレイヤーであり、キャッシュゲームの番組にトーナメントプレイヤーが参加していた — Barry Greenstein

トーナメントプレイヤーが招待されたことは、Greensteinさんの”食欲をそそる”ことになった。
「出演にあたり最も惹かれたのは、私はキャッシュゲームプレイヤーであり、キャッシュゲームの番組にトーナメントプレイヤーが参加していた。これは絶好のチャンスだと思った」

テーブル参加費ミニマムは$100,000でした。Negreanuさん、気前良く$1 millionで参加。感謝の気持ちとして、各プレイヤーには時給$1,250が支払われました。解説には、役者・コメディアンであるGabe Kaplan氏を配置。彼はまたハイステークポーカープレイヤーでもあり、ゲームの解説は非常に貴重であった。コラムニスト・TVキャスターのBenza氏は、Gabe Kaplan氏のサポートとしてキャスティングされた。

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Barry Greenstein

ラスベガス・ダウンタウンにあるGolden Nuggetでは、天井の高いイベント会場が豪華な家具と共に上品な空間へと変身し、バーそして贅沢な食べ物も提供された。セットの中で最も力を入れたのは、もちろんポーカーテーブルで、ディーラーそして8人のプレイヤーが座ることができた。テーブルには手札カメラが埋め込まれていた。プレイヤーは小型マイクが付けているので、全てのテーブルトークを捉えることができた。チップの他に本物の現金の束を使うことで、トーナメントにはない臨場感をだせた。

「他のポーカー番組とは違うものにしたかった。だから、本物のチップと現金を使った。プレイヤーはどこにでもいそうな格好で、F1ドライバーのようにブランドロゴを体中に貼ったものではなくね」とBelinkoff氏は語った。

それでも番組開始当初は、GSNにとって色々と学ぶことが多かった。例えば、Belinkoff氏の提案で、バットビートが起こったら豪華な車を賞品で提供する(広告の1つとして)。プレイヤーとのミーティングでは、Jennifer Harmanさんがが「セーター(sweaters)を持ってきても良いか?」と聞かれ、「もちろんだよ、ライトがあたってない時は寒いから」

Belinkoff氏の答えはみんなを不思議な顔にさせた。しばらして、みんな笑いながらセーター(sweaters)じゃなくて、後ろに座って応援してくれる人(sweat + er)だよと説明してくれた。

多くのポーカーファンはキャッシュゲームをTVで見たことはなく、ストラドルやランニングトワイス、保険をかけることや2-7ルール(手札2-7で勝つと座っているプレイヤーから$500もらえる)などが、視聴者に興味を持たせた。本物のキャッシュゲーム故に、シーズン1でEskandani氏に衝撃を与え、物議をかもしたシーンもありました。

それは、Freddy Deebさんが冗談でテーブルにあったお金を隠された時に起こり、彼の激怒は収まらず、Eskandani氏はその場から離れなければなりませんでした。

Eskandani氏は、「彼は、すぐ落ち着くだろう」と、思っていたそうです。

非常に緊張していました。プレイにではなく、カメラにです。-- Phil Galfond

プロデューサーは各シーズンに約20人ほどのプレイヤーを出演させていました。1番組は、数日で撮影終了していました。テーブルトーク、たまにあるテーブル上の「花火」などは重要な番組要素で、人選は難しかった。怖さ知らずの性格や、突飛なブラフ好きプレイヤーは、高い確率でシートを確保できた。

「友情も重要だった。もしプレイヤーがアクションプレイヤーだったら」と、Eskandani氏は説明しています。
「何人かのプレイヤーがギャンブル好きだったら、誰もAAや良いカードが来るまで待たないしね」

おしゃべり好きな2006 WSOP Main EventチャンピオンのJamie Goldさんは、シーズン3でデビューしています。視聴者の中には、ネットで彼のプレイや会話を叩いたりしていましたが、彼は番組上でいくつかある記憶に残るシーンに登場します。手札KKでFarhaさんのAAに$391,000のポットを負け、その時にあった奇妙な会話です。

「たしか、そのハンドは全部で14分ぐらい撮りました。編集なしノーカットでそのシーンを放映しました」
「本当にごく普通のことなのですが、キャッシュゲームでは毎日起こっていることです」

シーズン4では、参加費のミニマムが$500,000に上がりました。数千万単位のポットが普通になるということです。High Stakes Poker史上、最大のポットはシーズン5に起こりました。神童Tom Dwanさんと、ベテランプロプレイヤーのGreensteinさんの間で起こり、DwanさんがQのスリーカードでポット$919,600を獲得。

Belinkoff氏、「WSOPのメインイベントで最高で失うのは1万ドルだけど、ここでは数千万ドルが飛び交う。賭金は巨大だ」

シーズン後半からは、オンラインポーカーで腕に自身のある若いプレイヤーも出演。Tom Dwanさん、 Andrew Roblさん、Lex Veldhuisさん、Dario MinieriさんやPhil Galfondさんなど。

Phil Galfondさんは当時のことを「非常に緊張した」と語っています。
「プレイではなく、カメラ。そして、TVで知っているプレイヤーと座りながらも、彼らは自分のことを知らない」

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Tom Dwan

怖さ知らずのDwanさんはシーズン6で、ゲームで快進撃を続けた。プロデューサーは、あるプランを思いついた。彼にハンマーを持たせ、Golden NuggetがHigh Stakes Poker用に作った巨大氷彫刻を壊させる。このシーンは、シーズン終了のエンドロールで使う予定でした。カメラとライトの準備を撮影場所であるカジノの裏路地で済ませ、後は誰にも知れず跡形もなく氷彫刻を壊すのみ。Dwanさんはキャッシュアウトした$1 millionをバックに入れました。

Dwanさんは裏路地に来て、バックを地面に起きました。キューの合図とともに氷彫刻を壊し始め、粉々になりました。そして、撮影も終了し全て梱包し現場を離れた時に、Dwanさんが何かおかしいと気が付きました。

彼は、$1 millionの現金が入ったバックをGolden Nuggetの裏通りに忘れてきてしまったのです。ダッシュで現場に戻ったのですが、機材も撤収されスタッフも全員帰宅。しかし、ラッキーなことにバックはそこにありました。
Eskandani氏Dwanさんに、「トム、ラッキーだね。2回も自分のお金を勝ち取ったね」

2011年のシーズン7は、High Stakes Poker's最後のシーズンとなった。番組で人気のあったプレイヤーも出演せず、コメディアンの Norm MacdonaldさんがKaplanさんの代わりにコメンテーターとなる。シーズン6で、AJ Benzaさんがショーから外れ、ブログで裏事情を暴露。

High Stakes Pokerは全98エピソードで、ポーカー番組の頂点だと多くの専門家から支持を得ている。今でも YouTubeTwitchのポーカーチャンネルで視聴可能。

Greensteinさん、「多くのファンがこの番組の復活を願っているだろう」
全てのシーズンに登場した4人の内の1人である彼は、「ポーカーファンは番組を楽しんだであろう。今でも番組のことを聞かれることがある。High Stakes Pokerは、巨大なお金が絡むリアリティー番組だった」

Galfondさんにとっては、「ポットサイズとプレイヤーの個性だった」
「この番組は、プロがどんな風なのか、カジュアルな会話や巨大な勝ち負けとそれに伴う意思決定などから見ることが出来た」

High Stakes Pokerは他の番組の先駆者となった。

Belinkoff氏は最後に、
「他の番組も真似しようとしたみたいだけど、私達は最初にこの番組を作り、何か特別なものがこの番組にはあったような気がする」

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